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大阪地方裁判所 昭和30年(行)74号 判決

原告 有限会社いさみ

被告 大阪国税局長

訴訟代理人 辻本勇 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が昭和三〇年七月二七日附でした原告の自昭和二六年一二月一日至昭和二七年一一月三〇日事業年度分所得金額更正に対する審査請求棄却の審査決定はこれをつぎの通り変更する。原告の自昭和二六年一二月一日至昭和二七年一一月三〇日事業年度分所得金額は五八七、七〇〇円と確定する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として

「(一) 中京税務署長は昭和二八年一二月二八日附で原告の自昭和二六年一二月一日至昭和二七年一一月三〇日事業年度分の所得金額を一、二八七、七〇〇円と更正したので原告は昭和二八年一二月三一日附で再調査請求をしたが中京税務署長は昭和二九年二月二〇日附でこれを棄却した。原告は更に昭和二九年三月一〇日附で被告に対し審査請求をしたところ、被告は昭和三〇年七月二七日附でこれを棄却する審査決定をした。

(二) 原告は、法人税法第七条の二に規定する同族会社に該当することと、昭和二七年七月四日日本生命保険相互会社との間に、原告の代表取締役中川栄三郎を被保険者、被保険者死亡の場合の保険金受取人を原告として保険金一、〇〇〇、〇〇〇円の養老生命保険契約を締結したが、中川栄三郎は昭和二七年一〇月六日に死亡したので、保険金受取人である原告は、保険金一、〇〇〇、〇〇〇円を取得し、死亡退職者中川栄三郎の遺族(妻長男、次男)に対し退職給与金として一、〇〇〇、〇〇〇円を支給した。しかるところ中京税務署長は、右の退職給与金を過大なりとして法人税法第三一条の三(同族会社の行為又は計算の否認)を適用して原告の申告した所得金額に過大分金七〇〇、〇〇〇円を加え更正した。

(三) しかし、中京税務署長が、右の退職給与金を過大なりとして法人税法第三一条の三を適用し原告の申告した所得金額に過大分金七〇〇、〇〇〇円を加え更正したことはつぎに述べる理由によつて違法でありこれを是認した被告の審査決定も又違法であり更正所得金額より金七〇〇、〇〇〇円を控除した五八七、七〇〇円が原告の当該事業年度の正当な所得金額である。

即ち、(1) 法人がその役員又は使用人に対し支給した退職給与金は、損金に算入されるべきものである(法人税取扱基本通達二七二参照)。同族会社の場合においても、退職給与金を損金に算入した計算を、法人税法第三一条の三の規定に基いて、否認することは許されない。

(2)  原告は、当初より創立以来の功労者たる社長中川栄三郎に退職給与金を支給すべき必要を充足する目的をもつて本件保険契約を締結したもので、本件退職給与金は原告の営業外特殊益金である保険金収入より支給されたものである。このように、保険金収入より退職給与金が支給された場合は、法人税の負担を不当に減少させる結果を来さないから、法人税法第三一条の三の規定に基いて否認することは許されない。」

と述べ

被告の主張に対し

「被告主張の(三)記載の事実は認めるがその余の事実は争う。」

と述べ

証拠として甲第三乃至第五号証を提出し、乙各号証の成立を認めた。

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として

「原告主張の事実中(一)及び(二)記載の事実は認めるが、その余の事実は争う。

(一)  同族会社がその役員又は使用人に対し非適正な退職給与金を支給した場合においては、適正額については損金に算入されるが、適正額を超える額については法人税法第三一条の三の規定が当然適用されるものである。

(二)  同族会社が、その役員を被保険者、被保険者死亡の場合の保険金受取人をその会社とする生命保険契約を締結し、この保険契約に基いて会社から取得する保険金と同額を当該死亡役員の退職給与金として支給する場合であつても、その額が適正額より多額であると認められる場合はその多額と認められる金額については法人税法第三一条の二の規定が当然適用されるものである。この場合、会社がかかる保険契約を締結するのは、長年勤続の後に退職する役員に退職給与金を支給する必要を充足するためと、役員の死亡により受けることあるべき経営上の損害を填補するためであるから、保険契約締結後早期に被保険者が死亡した場合は、取得した保険金中適正な退職給与金額を超える部分は、役員の死亡により会社の受ける経営上の損害の填補のために会社に留保せらるべきものであるからである。

(三)  原告は、昭和二五年一二月四日設立された「すし屋」を営業とする有限会社であつて、設立者は死亡した中川栄三郎が明治二年創業の四代目として個人企業で会社所在地において同様の営業をしていた。中川栄三郎は大正六年三月三日出生(死亡当時三四年七月)で京都市立京都第一商業学校を卒業昭和二四年一二月二〇日同人の父中川辰治郎の後を継ぎその翌年家業を法人組織としたのであるが、同人は法人設立後二年を経過しない昭和二七年一〇月六日死亡した。同人死亡後は同人の妻中川アサ子(長男栄一後見人)が代表取締役となり営業を継続し、原告は昭和二九年一二月一日より昭和三〇年一一月三〇日に至る事業年度において中川アサ子より一、一八六、八九五円を借入れ、店舗の模様替をしている。

(四)  以上の事実関係の下において原告が中川栄三郎の死亡退職給与金として支給した一、〇〇〇、〇〇〇円は明かに過大である。

これを容認した場合においては法人税の負担を不当に減少きせる結果となるものと認められる。原告が中川栄三郎の死亡退職給与金として支給すべき適正額は金三〇〇、〇〇〇円以下であることは明かである。従つて原告の支給した退職給与金を過大なりとして法人税法第三一条の三を適用し原告の申告した所得金額に過大分金七〇〇、〇〇〇円を加えた更正及がこれを是認した審査決定は適法である。」

と述べ

証拠として、乙第一号証の一、二、第二号証、第三号証の一、二を提出し証人前川太良右門の証言を援用し甲各号証の成立を認めた。

理由

原告主張の事実中(一)及び(二)記載の事実は当事者間に争いがない。

同族会社がその役員に対し支給した退職給与金の額が、その同族会社と業種、業態、規模等の類似する一般の法人がその役員と地位、在職年数功労等の類似する役員に対し通常の場合支給する退職給与金の額(以下適正額と略称する)に比較して、多額であると認められる場合は、その多額であると認められる金額(以下過大額と略称する)については法人税法第三一条の三の規定が適用され、適正額に引き直して当該会社の所得金額欠損金額又は法人税額を計算すべきものと解するのが相当である。同条は「同族会社の行為又は計算でこれを容認した場合においては法人の負担を不当に減少させる結果となるときは云々」と規定する。問題はまず右にいわゆる不当とは何を指すかである。換言すれば、法人税の負担の減少を結果する行為又は計算があつた場合に、これを正当な減少とみ、もしくは不当な減少とみるその判断の基準いかんであるが、同条の立法趣旨が、同族会社において容易に行われ勝ちな、いわゆる「かくれた利益処分」によつて租税の負担を免れることを防止することにあることから考えて、その判断の基準は、当該行為又は計算が、経済的観察において実情に合目的的に適したものかどうか、経済的事情からみて正常か異常か、合理的であるか合理的でないかにあるというべきであつて、民法上の形式方法として適法正当であることは判断に影響を持ちうべきものではないといわねばならない。従つて当該行為又は計算の形式方法が役員又は使用人に対する退職給与金であるからといつて、同条の適用を否定する理は全然成り立たない。法人の各事業年度の所得は各事業年度の総益金から総損金を控除した金額であり、退職給与金は損金として計上されるから、支給された退職給与金が経済的観察において異常不合理であるときは、これとあるべき正常合理的な額との差額に相当する額は、いわゆる「かくれた利益処分」であり、それだけ法人税の負担を不当に減少することが極めて明らかであるといわねばならない。退職給与金の支給される時期における一般経済界の景況、金融事情等、支給する法人の業種、業態、規模等、支給を受ける役員又は使用人の地位、在職年数、功労等の諸要因が類似しもしくは諸要因の価値の緩和が近似するときは、退職給与金の額は自らほゞ一定の標準を示し、格別の差異がみられない筈であり、その額は適正と認むべきである。この額に比較して当該同族会社のある特定の役員又は使用人に対して支給された退職給与金の額が過大であるときは、それは経済的事情以外のなんらかの事情の介入の結果であり、経済的観察においては異常不合理なものと考うべきものであるから、その額はかくれた利益処分として税法上は否認されなければならないのである。以上と見解を異にする原告の(三)の(1) 記載の主張は採用できない。

同族会社が、その役員を被保険者、被保険者死亡の場合の保険金受取人をその会社とする生命保険契約を締結し、この保険契約に基いて会社が取得する保険金と同額を当該死亡役員の退職給与金として支給する場合であつても、その額が適正額より多額であると認められる場合は、過大額については法人税法第三一条の三の規定が適用されるものと解するのが相当である。この場合会社がかかる保険契約(いわゆる事業家保険契約又は役員保険契約)を締結するのは長年勤続の後に退職する役員に退職給与金を支給する必要を充足するためと、役員の死亡により受けることあるべき経営上の損害を填補するためであるから、会社が取得した保険金中当該死亡役員の退職給与金の適正額より多額であると認められる部分は、役員の死亡により会社の受ける経営上の損害の填補のため会社に留保せられるべきものであるからである。なお、法人税法第九条によれば、法人の各事業年度の所得の計算は、総益金すなわち決令により別段の定めのあるもののほか資本の払込以外において純資産増加の原因となるべき一切の事実から、総損金すなわち法令により別段の定めのあるもののほか資本の払戻又は利益の処分以外において純資産減少の原因となるべき一切の事実を控除した金額によるものであつて損金と益金とは別個に計上される建前を取つており、それゆえある役員に支給した退職給与金という損金が、事実上、会社がその役員を被保険者とする保険契約に基いて取得した保険金という益金を直接の財源として支出されたとしても、計算上は益金は益金、損金は損金と別個に勘定されているのであるから、そのことは、この場合に法人税法第三一条の三の規定を排除すべき理由となると考うべき余地は全然存しない。従つて原告の日の(三)記載の主張は採用できない。

よつて本件の場合原告が中川栄三郎の退職給与金として支給すべき適正額について考える。被告主張の(三)記載の事実は当事者間に争いがない。右事実関係の下において、原告が中川栄三郎の退職給与金として支給すべき適正額は金三〇〇、〇〇〇円以下であると認めるのが相当である。

従つて原告が中川栄三郎の退職給与金として支給した金一、〇〇〇、〇〇〇円を過大なりとして、法人税法第三一条の三を適用し、原告の申告した所得金額五八七、七〇〇円に過大分金七〇〇〇〇〇円を加え所得金額を一、二八七、七〇〇円とした中京税務署長の更正は適法であり、これを是認した審査決定も適法である。

よつて、原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 平峰隆 小西勝 首藤武兵)

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